--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
2013/02/10

余韻

今日Eテレで「勧進帳」と「暫」の放送がありました。放送があるのを知らなくて途中から観たのですが、わりと最近のものだったようです。ご覧になられた方、いらっしゃいますか?

そういう目で観るからかもしれませんが、團十郎さん、おからだ無理されてたんじゃないだろうかと思いました。いや、じゅうぶん結構な弁慶でしたが

今更あらためてというのもなんですが、この長唄はつくづく名曲ですね。私が特に好きなのは、酔った振りで弁慶が昔の女の話をするくだり、『あら恥ずかしの我が心、一度まみえし女さえ、迷いの道の関越えて、今またここに越えかぬる、人目の関のやるせなや』美しくも哀しい旋律がグッと胸に迫ります

私がこの30年の間で、やはり勧進帳は一番数多く観た芝居かと思います。いろんな弁慶を観ました。ほかの役者さんの弁慶とどこがどう違うのかといえば、それは沢山ありすぎて書くのは困難です。ただ、私の感じたままの、かなり素朴な表現になりますが、飛び六法で弁慶が引っ込んで花道奥の揚幕が閉じてしまっても、すぐに席を立たないというか、立てないというか、立ちたくないというか、そういう余韻をくれたのが團十郎さんの弁慶でした

int_ph01.jpg
スポンサーサイト
歌舞伎・文楽 | Comments(0)
2013/02/04

團十郎さん逝く

青天の霹靂というか、また元気な姿が舞台で観られると思っていたのに、まったく信じられません。悲しいことが続く歌舞伎界です

何年か前の團菊祭で闘病後初めて弁慶を観ました。大阪松竹座杮落しのときと同じく、菊五郎さんの富樫、義経は藤十郎さんという最高の配役でした。團十郎さんの勧進帳読み上げをききながら、よくぞ復帰してくれた、ありがとう、と涙が溢れて仕方なかったです

宗家に生まれても苦労続きの方でした。早くに父を亡くし、批評家から口跡に難があると言われ続けた海老蔵時代。團十郎襲名の声がかかる中、苦悩と努力で見事に克服した、そう思います。私がそう思ったのは襲名の「暫」でした。花道での長ゼリフの「つらね」、あのピーンと緊張した表情、あの「つらね」の滲み出るような声は感動の一言でした。やはり努力の人です。今日では歌舞伎界一の大物で、そこにいるだけで誰もが納得する立役者ですが、もし今後テレビでこの「暫」が放送されることがあったら、若き日の團十郎さんもぜひ観てあげて欲しいです

派手なお家芸ばかり取り上げられますが、お家芸は言うに及ばす、これは團十郎さんでなければと思う役どころは数多く、たとえば、博多座開場の折りの「毛剃(けぞり=通称)妙なお題で、これもまた十分派手な舞台ですが、毛剃というは海賊の名前です。失念しましたが正式には「恋湊~~」とか「博多小女郎~」みたいなお題だったかと思います。この毛剃役など、團十郎さんのほかに演じられる役者さんがいるのかなと思うと、ちょっと思いつきません。ただ演じるだけでなく見物を納得させられる役者という意味においてもです

團十郎さんの素晴らしさは、役者としても素顔の人柄も、テレビなどで語られてる通りだと思います。團十郎さんがいない歌舞伎界は寂しいの一言です
悲しくて堪りません
歌舞伎・文楽 | Comments(2)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。